不動産の売買契約をすると、買主は契約で定められた期日までに売買代金の全額を支払う義務を負います。
売買代金の全額を支払うことで物件の引き渡しを受け所有権が買主に移転するため、買主は物件の引渡までに売買代金を用意しておく必要がありますが、不動産の価格は高額であるため、多くの場合、買主は金融機関からの借入によって売買代金を支払います。
しかし、買主の支払い能力や物件の担保価値が足りないと判断され、融資の本審査に通らず、買主が売買代金を支払うことができないことが起こり得ます。
資金不足という買主都合により売買契約を解除するには、契約で定めた期限までに、手付金を放棄して手付解除するなどの方法を取る必要がありますが、融資の審査が通るかどうかは不確定であり、違約金や損害賠償のリスクを買主だけに追わせることは酷です。
そのためローンを組んで不動産を購入するときは、通常、売買契約条項の中にローン特約(融資特約)を付け、借入ができなかった場合は、買主が売買契約を無条件で解除することができるようにし、買主のリスクを軽減するようにしています。
(住宅)ローン特約、融資特約とは
(住宅)ローン特約(融資特約)とは、買主が不動産の売買代金の全部または一部に融資を利用する場合、借入できることを条件に売買契約を締結し、融資の全部または一部が受けられなかった場合、買主は違約金等の負担をすることなく、不動産の売買契約を解除でき、既に支払っている手付金も返還されるとする約定です。
ローン特約(融資特約)のない不動産売買契約においては、ローンの本審査が通らなかったとしても買主は売買代金の支払義務があります。代金が用意できなければ債務不履行となり手付金の没収や違約金の支払義務が発生しますので、ローンを利用して不動産を購入する場合は、売買契約前に、必ずローン特約・融資特約が定められていることを確認する必要があります。
ローン特約・融資特約あり:買主は無条件に契約を白紙解除することができる
ローン特約・融資特約なし:買主は手付放棄や違約金を支払わないと契約解除できない
(住宅)ローン特約・融資特約には3種類ある
(住宅)ローン特約(融資特約)には「解除権留保型」と「停止条件型」、「解除条件型」の3つの種類があります。
ローン特約(融資特約)条項が解除権留保型か停止条件型、解除条件型のいずれかにより、売買契約の効力が発生するタイミングや条件に違いがあります。よって売買契約にローン特約(融資特約)条項を設ける場合は、解除権留保型、停止条件型、解除条件型のいずれの型で定めているかを、売主・買主お互いに明確にしておく必要があります。
解除権留保型
解除権留保型の特約は、融資の審査が通らなかった場合に、買主に売買契約の解除権を実行するかどうかの選択権を与えるものです。すなわち、買主が契約解除を申し出ることではじめてローン特約(融資特約)による契約解除の効力が生じます。
よって、ローンを申請した金融機関で本審査が通らなかった場合、買主はローン特約(融資特約)を選択し契約を解除するか、他の方法で資金を調達し契約を存続させるかを売主に伝える必要があります。売主に伝えずに契約解除期限が1日でも過ぎると解除権は消滅し、ローン特約条項の効果が無くなります。
解除権留保型の特約は、買主が解除権を行使しない限り売買契約の法律関係は存続しますので、当初予定していた金融機関のローン審査に通らなくても新たな金融機関を探すことができるメリットがありますが、契約解除の意思がある場合で期限までに契約解除の意思表示をうっかり忘れた場合や売主に契約解除の意思表示が伝わっていなかった場合、手付放棄や違約金など損害賠償責任を問われる可能性があるというデメリットがあります。
Memo
解除権留保型の特約による契約解除をする場合、後々トラブルにならないよう、電話などによる口頭だけの意思表示ではなく、対面での契約解除の書類作成や内容証明郵便により、契約解除日と契約解除の内容を明確にしてことをおすすめします。
また、買主が仲介業者にだけ連絡し、売主に意思表示しないケースも想定されます。仲介業者は仲介責任がありますので、ローン審査が通らなかった場合、売主にその旨を伝える義務がありますが、仲介業者のミスなどにより契約解除期限前に売主に連絡しないこともあります。仲介業者の責任ではありますが、トラブルに発展する可能性が大きいですので、買主は必ず直接売主に意思表示しておく必要があります。
停止条件型
停止条件型は、ローンを申請し、契約解除期限までに本審査に通った場合、売買契約の効力が自動的に発生する特約です。
買主は売主に対して本審査に通ったこと、購入の意思表示をする必要がありません。
解除条件型
解除条件型は、ローンを申請したが、契約解除期限までに融資の全部又は一部について金融機関の本審査が通らなかった場合、または金融機関の審査中に融資未承認の場合の契約解除期限が経過した場合に、売買契約が自動的に白紙解除となる特約です。
買主は売主に対して本審査に通らなかったこと、契約解除の意思表示をする必要がありません。
本審査に通らなかった段階で自動的に契約の白紙解除がされ、法的には売買契約の効力が既に消滅していますので、買主が別の金融機関を見つけたとしても、売主と新たに売買契約をする必要があるというデメリットがあります。
しかし、買主が契約解除の意思表示を忘れていたり、悪意のある売主が「契約解除の意思表示を受けていないので契約解除は無効」などと文句を言ってきても、売買契約は自動的に白紙解除されていますので売買代金の支払義務はなく、速やかに契約関係を解消できます。
契約の効力の発生条件は停止条件型と解除条件型で異なりますが、どちらもローンの本審査の結果が出た時点で契約の有効・無効が決定し、本審査後の売主への意思表示が契約の効力に影響しません。
そのため、不動産取引では一般的に、停止条件型または解除条件型の特約が用いられます。
なお、契約解除期限前に売買契約変更の合意をすれば白紙解除はされません。
(住宅)ローン特約・融資特約が利用できないケース、トラブル
(住宅)ローン特約(融資特約)の目的は、買主が無理なく計画的にローンの返済ができるようにする「買主保護」です。
一方で買主には保護に値する義務が課され、ローン特約(融資特約)を付けて売買契約をしたときは、特約条項にローン不成立の原因を規定している、規定していないにかかわらず買主はローンの審査に通るよう、ローン申込の手続をする、追加の資料を要求された時は速やかに提出するなど、ローンの成立に向けて誠実に努力する義務を負います。
よって、買主の審査項目への不告知や虚偽の告知、書類の不提出、明らかに返済能力を超えた融資の申し込み、所得の過少申告、生活費の過大申告、担保提供するといいながら担保提供しなかった、保証人をつけるといいながら保証人をつける努力をしなかった、意図的に融資の申し込みをしなかったなど、ローンが組めなかった理由が買主にある場合は、ローン特約(融資特約)により買主を保護する必要はなく、買主は売買契約の解除や契約の失効を主張することはできません。
買主による売買契約の解除や契約の執行の主張が認められるのは、買主があらかじめ示した融資条件に沿ったローンの申込みをしたにもかかわらず融資を受けられなかった場合に限られます。
融資条件が一部成立したときの(住宅)ローン特約・融資特約の効力
ローン特約(融資特約)は法律で条項が定められたものでないため、売主と買主の合意により特約の内容を決めることができます(違約金〇兆円というような、明らかに公序良俗に反するものは無効)が、借入予定額と借入予定の金融機関についてのみ決められている程度のものが多く、中には単に「金融機関」としか記載されていないものもあります。
そのため希望する額の融資が組めなかったり、金利や返済条件などが希望と異なる、特約条項に書かれていないが買主の希望でない条件でしか借りられなかった場合に、条件の不一致の大小にかかわらずローン特約(融資特約)が認められ、契約解除できるかが問題になります。
これについてはローン特約(融資特約)の買主保護の趣旨を考慮する必要があり、ローンの審査が通っても希望の条件でない場合は、返済が支払い能力を超え破産する可能性もあることから、原則として、条件の不一致の大小にかかわらず、買主はローン特約(融資特約)を適用し、契約を解除できると解されています。
融資の審査に通らなかったにもかかわらず、仲介業者が買主の契約解除を認めず、買主の希望しない金融機関を強引に紹介し続けるといったトラブルが発生することもあります。
しかし、買主がローンを組めればどの金融機関、どのような条件でも問題ないというわけではなく、あくまで買主の意向を反映した借入条件のもとで買主が保護されます。
よって、条件の不一致が極めて小さく、買主の資産状態等を総合的に考慮して契約解除までする必要がないと判断される場合は、無条件でのローン特約(融資特約)の適用が制限され、契約解除ができないことはあり得ます。
自己都合による不動産売買契約の解消でローン特約(融資特約)は適用できるか
融資の本審査は通ったが、「売買代金の一部に充当することを予定していた資金を別の用途に使う必要ができた」「期待していた親族からの融資を受けられなくなった」「売却を計画していた不動産の売却価格が想定より低かった」「諸経費が予想よりもかかることがわかった」などの買主側の都合で不動産売買契約を破棄する時には、ローン特約(融資特約)は適用されません。
なお、ローン審査中の買主の転職、失業、結婚、離婚など、審査で考慮の対象となる属性の変更があった場合も自己都合とされることがあります。返済に影響を与えるような属性の変更は審査結果に影響を及ぼしますので回避すべきですが、会社の倒産など個人で回避できないものはローン特約(融資特約)条項に含めておくか、解除条件型特約にしておくといいでしょう。
(住宅)ローン特約・融資特約の期限・期間、延長
ローン特約(融資特約)の適用可能な期限・期間は売買契約書に記載されます。
ローン特約(融資特約)が適用できる期間は、かつては売買契約日から2週間程度が一般的でしたが、最近は売買契約日から30日前後とすることが多いようです。
これは、各金融機関が顧客の取り込みのため様々なローン商品を提供するようになり、今までのローンだと到底審査に通らないようなケースでも融資が可能となったため、ローン申込者の属性や物件調査に時間がかかるようになったこと、団体信用生命保険の補償の拡大による審査時間の増加などと考えられます。
ただし、ローン特約(融資特約)は買主保護を目的としたものですが、ローン特約(融資特約)の適用可能期間が長くなるほど売主に過度なリスクを負わせることになります。
よって約1ヶ月の間にゆっくりローン審査を通せばいいというものではなく、この期間をできるだけ短くできるよう買主は売買契約前にローンの事前審査を通しておく、売主は買主のローンの事前審査が終了してから売買契約を結ぶといった工夫が必要です。
なお、金融機関の本審査が長引き、ローン特約(融資特約)の適用期限を過ぎてしまいそうな場合は、その旨を速やかに売主へ伝え、期限の延長を相談することになります。
ローンの審査に通る可能性が高ければ、1週間程度なら期限の延長に応じてもらえると思われます。
ローン特約(融資特約)の適用期限延長の場合も、後々のトラブル防止のため融資特約の変更合意を書面で交わしておく必要があります。