相続というと預貯金や不動産などの「プラスの財産」に注目しがちですが、借入金やローンなどの「マイナスの財産(負債)」も相続の対象となります。
負債は原則として法定相続分に応じて相続人が引き継ぐことになりますが、遺言や遺産分割協議で負担割合を決めた場合や、相続放棄をした場合には、その取り扱いが異なります。
また、相続人同士では有効な取り決めでも、債権者に対しては効力が及ばないケースがあるため注意が必要です。
ここでは、相続した負債の分割方法や遺言・遺産分割協議との関係、相続放棄をした場合の負担割合の変化について、具体例を交えながら分かりやすく解説します。
負債の相続はどこまで?
相続では、預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく、借入金などのマイナスの財産(負債)も原則として相続の対象となります。
そのため、被相続人(亡くなった方)に負債がある場合は、相続開始と同時に相続人がその返済義務を引き継ぐことになります。
相続の対象となる主な負債には、次のようなものがあります。
・銀行や消費者金融からの借入金
住宅購入や生活費、教育費などのために借り入れたローンやカードローンなどが該当します。
・住宅ローン
住宅ローンも相続の対象となります。ただし、多くの住宅ローンには団体信用生命保険(団体信用生命保険)が付帯しており、被相続人が死亡した場合は保険金でローンが完済されるため、相続人が返済する必要がないケースもあります。
・クレジットカードの未払金
ショッピング利用代金やキャッシング残高、分割払いやリボ払いの残債なども相続の対象です。
・事業上の借入金
個人事業主が事業資金として金融機関などから借り入れていた債務も相続されます。
・未払いの税金や医療費
所得税や住民税、固定資産税などの未納分や、病院へ支払う医療費なども原則として相続人が引き継ぎます。
また、被相続人が第三者の借入金の連帯保証人になっていた場合は、連帯保証債務も原則として相続の対象となります。そのため、主債務者が返済できなくなれば、相続人が保証債務の履行を求められる可能性があります。
一方で、亡くなった方が負っていたすべての義務が相続されるわけではありません。相続の対象となるのは、金銭の支払い義務などの財産的な権利・義務が中心です。
これに対し、その人自身でなければ意味を持たない権利や義務は、本人の死亡によって消滅するため相続の対象にはなりません。法律では、このような権利・義務を「一身専属権・一身専属義務」といいます。
例えば、次のようなものは相続されません。
・扶養義務
親が未成年の子を扶養する義務や、夫婦間の扶助義務などは、特定の家族関係に基づく義務であるため相続されません。
・本人の能力や技能を前提とした契約上の義務
講演や執筆、演奏、芸術作品の制作など、本人の知識や技能を前提として依頼された仕事は、本人の死亡によって契約が終了し、相続人が引き継ぐことはありません。
・資格や地位に基づく権利・義務
医師や弁護士などの資格、会社の取締役としての地位、公務員としての身分などは本人に専属するものであり、相続人が承継することはできません。
このように、「借金だから相続される」「義務だから相続されない」という単純なものではなく、その権利や義務が財産的な性質を持つか、それとも本人だけに帰属するものかによって相続の可否が決まります。
そのため、相続財産に負債が含まれている場合は、まずどのような債務なのかを確認したうえで、相続するか相続放棄するかを慎重に判断することが大切です。
債権者は誰に請求できるのか
被相続人が借入金などの負債を残して亡くなった場合、債権者(お金を貸している側)は、その返済を相続人に請求することになります。
相続が発生すると、借入金などの金銭債務は原則として法定相続分に応じて各相続人へ承継されます。
そのため、債権者は各相続人に対して、それぞれの法定相続分に応じた金額の支払いを請求することができます。
例えば、被相続人が100万円の借金を残して亡くなり、相続人が配偶者と子2人であった場合、法定相続分は配偶者が2分の1、子がそれぞれ4分の1です。
この場合、債権者は配偶者に50万円、子それぞれに25万円ずつ請求できます。
一方で、相続人同士の話し合いによって「長男がすべての借金を負担する」「配偶者が借金を引き継ぐ」と決めることもあります。
しかし、このような遺産分割協議や相続人間の合意は、原則として債権者には対抗できません。
例えば、相続人間で「長男が100万円の借金を負担する」と決めたとしても、債権者の同意がなければ、債権者は法定相続分に応じて他の相続人にも返済を請求できます。
これは、相続人同士の取り決めによって、債権者が本来持っていた権利を一方的に制限されることを防ぐためです。
ただし、債権者が同意した場合には、特定の相続人が負債を引き受ける「免責的債務引受」などの方法により、他の相続人が返済義務を免れることがあります。
このように、相続人間で誰が負債を負担するかを決めることと、債権者が誰に請求できるかは別の問題です。
負債の相続では、この違いを理解しておくことが重要です。
負債の分割
亡くなった人が借入金などの負債を抱えていた場合、その負債は相続発生と同時に法律で定められた相続分に応じて分割されます。
例えば、Aさんが100万円の借入金を残したまま亡くなり、相続人が奥さんBと長男C、次男Dであった場合、借入金の負担額は妻Bが1/2の50万円、長男Cと次男Dがそれぞれ1/4の25万円ずつになります。
では遺言や遺産分割協議で負債の負担割合を指定するケースはどうなるでしょうか。
遺言とは、亡くなった方が自分の死後に財産を誰にどのくらい相続させるかの最終意思を遺したものです。遺言で指定された財産の配分は、遺留分を侵害していない限り遺言の指示に従い配分されます。
同じように負債についても遺言に負担割合の指示があればそれに従うことになりますが、遺言で法定相続分とは異なる割合で負債の負担割合を指定したとしても、その指定は相続人間では有効ですが、金銭の貸主など債権者に対しては無効となります。
先ほどの例で言うと、Aさんの遺言に「借金100万円は全て妻Bが負担することとする」と記載してあり、債権者が奥さんBに100万円の請求をしても法定相続に従い半額の50万円しか支払う義務はなく、債権者は長男Cと次男Dにそれぞれ25万円ずつ請求する必要があります。
法定相続人は、法定相続分を超える返済の請求を受けても法定相続分を超える支払いをする必要はありません。ただし法定相続人間では遺言の負担割合は有効ですので、相続した資産の割合に応じて負債も負担することが多いでしょう。なお法定相続人が遺言の指定額を超えて法定相続に従い支払った場合は、その超過額を遺言の指定額未満の支払しかしていない相続人に請求できます。
遺産分割協議の場合も同様です。遺産分割協議とは、相続が発生したときに相続人全員で誰がどのくらい相続するかについて話し合うことです。もし遺産分割協議で法定相続分とは異なる割合で負債の負担割合を指定したとしても、債権者に対抗することはできません。法定相続分までは債権者に対して支払う必要があります。
相続放棄をした場合
法定相続分で分割するとは言っても、負債の相続はできるだけ避けたいものです。プラスの財産よりもマイナスの財産の方が明らかに多い場合は、「相続放棄」という選択肢もあります。
相続放棄とは、亡くなった人の遺産を相続する権利を捨てることです。相続放棄をすると初めから相続人ではなかったものとみなされます。そのため、一部の相続人が相続放棄をした場合、他の相続人の負債の負担額に変化が生じます。
例えば、上記の例で100万円の借金を残して亡くなったAさんの長男Cが相続放棄をした場合、Cさんは初めから相続人ではなかったとみなされるため、Aさんの相続人は奥さんBと次男Dのみになり、奥さんと子供一人の場合の法定相続割合は1/2ずつですので、奥さんBが1/2の50万円、次男Dが1/2の50万円の負担となります。
したがって、長男Cが相続放棄をすると、奥さんの負担額は変わりませんが、次男Dの負担額は25万円から50万円に増えます。
ただし、相続放棄すると財産も相続できなくなり、その分他の相続人の相続財産が増えますので、負債が資産を上回っていない限り実質的な負担増はありません。
また、相続人全員が相続放棄をした場合は、相続人不存在となり、負債を負担する人がいなくなってしまいます。この場合、債権者は、「相続財産管理人選任の申立て」をすることで債権回収ができる可能性があります。
